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livereport

兵庫慎司によるsyrup16g 『SCAM:SPAM:SCUM』 2月28・29日新木場スタジオコースト 無観客公演レポート

syrup16g、ツアー『SCAM:SPAM』の追加公演『SCAM:SPAM:SCUM』、2月28・29日新木場スタジオコーストは、開催の3日前の2月25日の、コロナウィルス対策の政府要請を受けて、興行としては延期になった。が、2日とも、ライブ自体は無観客で行い、事前から決まっていたニコニコ生放送の中継は、予定どおり行うことがアナウンスされた。

1日目、2月28日は予定の19時から6分押してスタート。「汚れたいだけ」のアウトロのピアノがSEとして響く中、五十嵐隆、中畑大樹、キタダマキがステージに現れる。キタダはめずらしくサングラスをかけている。五十嵐が、「あ、あ」という短い声と、唇をブルルと震わせる音をちょっとマイクに乗せて音を確かめてから、2004年のアルバム『Mouth to Mouse』収録の「実弾(Nothing’s gonna syrup us now)」で、ライブをスタートさせる。
2曲目は、再結成後最初のアルバム『Hurt』(2014年)の収録曲だが、そのリリース・ツアーでも披露されなかった「メビウスゲート」。3曲目は同じく『Hurt』の曲で、こちらは何度かライブで演奏されてきた「いかれたHOLIDAYS」。ただ、このライブにおいては、後者の方が例外のようで、めったにやらないレアな曲を中心に、セットリストが組まれている。
さらに言うと、このツアーのこれまでの日程(東京・福岡・名古屋・大阪・仙台、それぞれ2デイズ=計10本)でやってきた曲も、本編では1曲も演奏されないようだ。それゆえにか、次の曲のイントロが鳴るたびに、ニコ生の画面が、ライブ映像が見えなくなるほどの量のコメントで大騒ぎになる。

4曲目「生きたいよ」を経ての5曲目「I.N.M」が終わったところで、中畑大樹、最初のMCを挟む。
「えーと、ニコ生のカメラはどれですか? あの赤いやつ? (そちらを向いて)あけましておめでとうございます、syrup16gです。実は足下に端末があって、(ニコ生の画面を)観てます」。そして「コメントがすごいよ、がっちゃん」と五十嵐に伝える。五十嵐、「あ、うれしい! ありがとうございます!」。

「今日、がっちゃんて、仕事始め?」
「仕事始め。始まりました。ははは」
「今回のライブ、延期って形になったけど、今年中に決まらなかったら、明日、ライブ収め?」
「そうだね(笑)。避けたいね。今年中に会いたいね。なんとかしてほしいー!」

ここ数年のシロップのライブは、本編のMCは中畑大樹ひとり、アンコールで五十嵐もちょっとしゃべるかしゃべらないか、という具合だったので、このように本編でふたりが軽口を叩き合うのは、めずらしい。
五十嵐が12弦のエレアコに持ち替え、2008年の解散時にリリースした『syrup16g』から「ラファータ」。次は1999年の4曲入り初音源『Free Throw』からの「向日葵」。そして『Hurt』からの「理想的なスピードで」。と、シロップの中ではブライトでやわらかなカラーの曲を3曲続ける。
と思ったら、続く「メリモ」で、ラウドなバンド・サウンドに戻る。その音の勢いを浴びていると、サビの「生きんのがつらいとかしんどいとかめんどくさいとか そんな事言いたくて えっらそうに言いたくて 二酸化炭素吐いてんじゃねえよ」で、フロアいっぱいに腕が突き上げられるさまが見えるような錯覚に陥る。
次の「Everseen」では、ブレイク部分で中畑大樹、オフマイクで「あーー!!!!」と、この日最初の絶叫を響かせる。

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曲終わりで中畑、足下のモニターを見て、「とても好評なようです、コメントを見る限りでは」。五十嵐「やったあ」と喜ぶ。「もう文字が多すぎて、文字がつぶれて見えない。最高だって」と中畑が言うと、五十嵐、間髪入れず「よし、終わろう!」。中畑「いやいや、最高という言葉をいただいたんで、がんばりましょうよ」。
次は「To be honor」。「来世にもし選択肢があるなら」の続きのところ、歌詞を読むと「困難じゃなくて」となっているんだけど、聴くと「こんなんじゃなくて」に思えるんだよな、とか、「いっそ憎しみごと 抱き締めようか」のところは復活後の五十嵐だから書けたラインなのかな、などと、この曲を初めて聴いた時のことを思い出す。
五十嵐、「本編最後の曲になるみたいです。普段やらない曲をいっぱいやったんで、喜んでくれてる人が多ければ、うれしいなあと思います」。中畑、「(ニコ生の画面を観て)みんな『えー!』って言ってる」。五十嵐「じゃあ、みなさんに贈ります」。
と、本編の最後に歌われたのは『Hurt』のラスト・チューン「旅立ちの歌」。「君とまた会えるのを 逢えるのを 待ってる」と「もうあり得ないほど 嫌になったら 逃げ出してしまえばいい」が美しく対になったこの曲を聴かせ終わって、3人はいったんステージを去った。

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「アンコール!」という書き込みでニコ動の画面が埋め尽くされた3分半を経て、メンバーが再登場。中畑と五十嵐が自分で拍手しながら出て来たのにつられて、この場にいる十数人のスタッフ、この日初めて拍手を返す。中畑、空っぽのフロアを改めて見回し、「シュールだ」。3人ともそれぞれ違うグッズTシャツ姿。再び12弦エレアコを手にした五十嵐は、「灰汁Tシャツ」を着ている。似合う、ちょっとどうかと思うくらい。
そのアンコールは、「バナナの皮」でスタート。シロップが解散する時の五十嵐の心境が綴られたような言葉が、甘美なメロディに乗るこの曲を、今こうして聴くと、なんとも言えない気持ちになる。曲後半で中畑の、スキャットのようなコーラスが響く。
そして「Sonic Disorder」、「天才」、さらに「coup d’Etat」からの「空をなくす」と、アンコール定番の必勝パターンに突入。「Sonic Disorder」では、ディレイ、コーラス、フランジャーなど、あらゆるエフェクトがかかりまくった五十嵐のギターが無人のフロアに広がる。「天才」では、ぐっと手数が増える中畑&キタダのリズムに乗って、五十嵐、二度のギター・ソロを決める。その二度目ではニコ動の画面が「おい!」コールで埋まった。「coup d’Etat〜空をなくす」では、3人の音の重なりから生まれるグルーヴ、さらに、ひたすらに圧倒的になる。
メンバーが再度ひっこんで、また出て来て、ダブル・アンコールへ。中畑、「なんか、始まったらあっという間だね。(またニコ動の画面を観て)みなさん、喜んでらっしゃるふうですよ。じゃあ、明日もまたやるんで、みなさん観てください」。
そしてラストに歌われたのは、『coup d’Etat』でも「空をなくす」の次に収録されている、「汚れたいだけ」だった。演奏が終わるのにつながって、アルバムで聴くのと同じように、SEで「汚れたいだけ」のアウトロのピアノが流れる。五十嵐は、マイクスタンドに向かってパチンと手を合わせ、お辞儀し、ステージを下りた。

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2日目=2月29日は、フロア前方両側の照明トラスを、普段ならお客の視界を遮る位置まで下げたり、フロアのあちこちに音声マイクを立てたり、2階スタンド部分からのアングルのテレビカメラを追加したり、というふうに、昨日とはセッティングが変わっていることが、開演前のニコ動の画面からもわかる。無観客ライブである、という特異性を、より可視化したのだと思われる。
定刻の17:30を3分すぎたあたりで、3人が登場。中畑のシンバルに五十嵐のギターが重なり、キタダのベースと中畑のキックが加わって、「もったいない」からスタートする。2003年リリースの4thアルバム、『HELL-SEE』の曲。そのエンディングと同時に中畑のハイハットで始まったのは2ndアルバム『coup d’Etat』から「手首」、3曲目はまた『HELL-SEE』から「末期症状」、次は3rdアルバム『delayed』から「Good-bye myself」。
と、復活後はライブで披露されることが稀な、初期のダウナーな曲が並ぶオープニング……というか、復活後は一度も演奏されていない……いや、調べたら「末期症状」などは一度も演奏されたことがないらしい、どうやら。というこの展開に、ニコ動の書き込み、早くもえらいことになる。
昨日を経たせいか、五十嵐の喉も、3人の演奏も、さらに地に足が着いている印象。音響や照明、カメラワーク等の演出にも、同様の頼もしさを感じる。

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5曲目の前に、最初のMC。「えっと、ニコニコ生放送をごらんのみなさん、ニコニコさん、(カメラ)どこかな、うしろ?」と中畑、カメラに手を振りながら「こんばんは、syrup16gです」とあいさつ。そしてニコ動の書き込みをいくつか読み上げたあと、「今日は無観客、とてもシュールな状況でやっていますが──」と、デビュー前にも下北沢屋根裏あたりで、今日と同じようなライブをやっていたことを話す。出番がトップで、出て行ったら対バンの人だけが客席にいた──と言うと、キタダマキ、「対バンの人、いない時もあった」。中畑、今日のスタッフのみなさんに改めてお礼を言う。「いいライブになるよう、がんばります」。
そして2004年のアルバムのタイトル曲「Mouth to Mouse」、続いて最初の音源『Free Throw』から「You Say ‘NO’」。「奥歯は絶対抜いちゃだめ 嘘に酔う元気なくしちゃだめ」というラインが印象的な「Mouth to Mouse」も、ライブで歌われるのはかなり久々のはずだし、「You Say ‘NO’」も、他の『Free Throw』収録曲と違ってめったに披露されない。昨日に続き、五十嵐の12弦ギターが、無人のフロアに美しく響く。
「哀しきshoegaze」「I’m 劣性」と、(シロップにしては)軽快でダンサブルな2曲を続けたあと、中畑、ひとりごとのように「これは、楽しいねえ。これは楽しいねえ」。それを受けて五十嵐、「楽しい雰囲気をだいなしにする曲をやろう」。
で、グレッチでイントロを弾き始めたのは「夢」。「本能を無視すれば 明日死んじまっても 別に構わない 本気でいらないんだ 幸せはヤバいんだ」という必殺の一行を持つ……というか、歌詞のすべてが必殺の一行だけでできていると言ってもいい名曲である。
畳み掛けるように次は「ハピネス」。「ねえ そんな普通を みんな耐えてるんだ」──言葉の鋒が尖すぎる曲が続く。曲の後半で五十嵐、アコースティック・ギターとは思えない音色のギター・ソロを聴かせる。
ギターを持ち替えての「Thank you」で、曲調がやや華やかになるのに伴って、照明も明るくなり、ステージの全景がはっきり見える。五十嵐の歌う「諦めない僕にThank youを 諦めの悪い青春を」というサビに中畑が輪唱のように「諦めろ」と、コーラスをかぶせていくのに合わせて、ニコ動の画面が「あきらめろー」の文字で埋まる。
「じゃあ本編最後の曲になります」「サンキューです」「サンキューでした。39歳、がんばります」「ははっ、若いねえ」という、年齢詐称込みの掛け合いのあと、五十嵐が12弦で奏で始めたイントロは「Your eyes close」だった。五十嵐が歌うからこそすばらしい「愛しかないとか思っちゃうヤバい」というサビのフレーズにさしかかるたびに、ニコ動の画面が弾幕で埋め尽くされ、本編が終了。五十嵐、やや前かがみで、ステージを去る。

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アンコールでは、中畑、客電の点いたフロアの後方から登場。ステージへの階段を小走りに駆け上がり、「やってみたかったんだけど、やったら思いのほか、シュールだったね」。
今のところの最新アルバム『delaidback』の収録曲であり、元は「犬が吠えるby 五十嵐隆」の曲だった「光」が原型の「光のような」が1曲目。そこから曲間なしで中畑が8ビートを叩き始め、「神のカルマ」「生活」「落堕」とアンコール鉄板ゾーンに突入する。ただし、同じくアンコール鉄板ゾーンだった昨日のこのパートとは、全曲違う。そもそも、各地を2デイズずつ回って来たこのツアーは、「本編は2日ともかぶりなし、アンコールはかぶりあり」というルールで回っていたようだが(僕が観た大阪はそうでした)、昨日と今日の追加公演2デイズに限っては、アンコールもかぶりなしで臨んだ、ということが、ここでわかった。
にしても、「神のカルマ」、後半の「細菌ガスにむせながら 歌うたってもいいの?」のところ、ご時世がご時世だけに、何かいろいろアレな感じだ。「生活」の「こんな世界になっちまって」も同様。「落堕」の「明日また熱出そう 熱出そう 寝不足だっていってんの」も同じく、である。なお、五十嵐、1コーラス目の「寝不足だっていってんの」のところは自分で歌わず、PC・スマホの前のオーディエンスに託した。

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ダブル・アンコールのために出て来た中畑、「42.185kmぐらいまで来てる。ゴールテープが見えてる」。
五十嵐、「ほんとはみんなの前でやりたかった曲をやろう。今度はぜひ会場で会いましょう。そう願うしかないけれど。テレビの前、パソコンの前、スマホの前の諸君、ぜひ来てください。今日よりもいいやつやるんで」。
そして歌ったのは、おそらくシロップの中でもっとも知られた曲であるだけに、レア曲だらけのこのツアーにおいては、この日まで一度も歌われることがなかった「Reborn」だった。
ニコ動の画面にいくつも「武道館、3/1だったね」「うるう年じゃなけれは、今日は本当は3/1だった」というコメントが流れて来て、ハッとさせられる。そうだった、2008年の3月1日の最後の最後、客電の点いた日本武道館で、syrup16gはこの曲を歌って解散したんだった。
なお、2013年に五十嵐隆が『生還』というタイトルでライブを行うと発表した日も、3月1日だった。その『生還』は5月8日に東京・NHKホールで行われたが、その1曲目も「Reborn」だった。

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この無観客ライブの振替公演がいつになるのか、これを書いている3月2日の時点ではまだ明らかになっていないが、1日目に本人たちが言っていたように「これで仕事納め」みたいな結果にはならないであろうことを、この2日間のステージが表していた、と言っていいんじゃないだろうか。
このライブは、無観客という普段ならあり得ない状況下だったから、化学反応が働いて逆によくなった、というだけのものではないと思う。もちろん観る側にもやる側にも、それによる何らかの作用はあっただろうし、その作用がライブのすばらしさを後押しした部分もあっただろうが、それだけだったらあんなにすごいステージにはならなかったと思う。
それから、このツアー、普段やらないレア曲ばかりを選んで、どんどん曲を変えていって、しまいにはやっていない曲の在庫がほとんど尽きかけるくらいのセットリストで臨んだことも、このすばらしさの大きな要因ではあるが、それがすべてではない、とも思う。なんで。やり慣れたセットリストの方が、ライブの仕上がりがよくなるものだから、普通は。
つまり、何が言いたいのかというと、単に、今のsyrup16gは、とてもいいコンディションなんだな、だからこんなにやり慣れない曲だらけのライブがすばらしかったんだな、という話だ。
なので、このコンディションのまま新しい音源を作り始めてほしい、という気もするが、そうでなくてもいい気もする。普段あんまりやらないレアな曲は、ライブで聴くとこんなにすばらしいやつだらけであることが、今回のこれでよくわかったから、今後もしばらくは同じように、過去の曲をいろいろ掘り起こしながらツアーをやってくれたりしても、いい気もする。
要は、動いてさえくれればそれでいい、と思った。というのが、このレポを書くために2日間新木場スタジオコーストに通い、そのあと家でニコ動のタイムシフトでリピートしまくった、僕の結論でした。

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余談。
会場の新木場スタジオコースト、道路に面した建物上のサインボードにその日の公演内容がアルファベットで記されているが、それが2月24日のHYUKOH
のままで止まったままなのが、今が非常時であることを、表している感じがした。
そのサインボードの真下の地面には、真っ赤な花のスタンドが飾られていた。syrup16gにファン有志から贈られたもので、「画面越しに手を振ります。サイコーなライヴ魅せて下さい」というメッセージカードが添えられていた。

text 兵庫慎司
photo 古溪一道

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